間違った発音を直す
私は、本や民間の言語治療教室で、発音発声の方法を学んだ。それは、もともと、自分の発音に悩みがあったからである。
子のころ、キとリの発音が苦手だった。それらの音のあることばはあまり言いたくない。とくに霧、錐、ギリギリ、力道山などと言うのはとても苦痛であった。今にして思えば、それは構音障害というもので、機能的な障害はないのに、何らかの原因で間違った発音の仕方が習慣となったものである。
私の場合、カクケコを言うときには、子音のKは舌の腹がうわあごを摩擦しつつ弾くようにして正しく出るのに、キのときだけ、舌の付け根の右側と、右奥歯の歯茎との間で泡を立てるようにしてKらしき音を出す。リも似たような発音の仕方をしていた。
自分でも変だと思いながら直せない状態だった。小学校のときから友達に指摘されることがあったが、中学ではとくに陰湿にからかう級友がいて、とてもつらい思いをした。
しかし、おりしも英語の授業で、子音と母音による発音のしくみを学び、自分の発音障害を分析的に考えられるようになった。つまり、カクケコはできるのだから、そのときのK音と母音のIを続けて言えれば、正しいキの発音になるだろう。そう考えて実行した。初めは苦労したが、しんぼう強く続けたら、半年ほどですっかり直ってしまった。
しかし、大人になってから、通っていた社会人の話し方教室で、仲間から、エジソンさんはサシスセソを言うときに舌が出るが、ふつうは出ない、と言われ、まだ別の構音障害があることに気がついた。27歳の時である。
専門書によれば、シ以外のサ行音は、少し丸まった舌先が上前歯の付け根に近づき、舌先にできた細い管状の隙間を息が通って出される。しかし、私は舌を上前歯の先にこすりつけて発音する。だから、舌が出るのだ。
その頃、私は既に教員として働いており、結婚もしていた。その年で、長年の発音習慣の誤りを直す困難は、頭の柔らかな中学生のときとは比べものにならない。しかも、キとリのときは、力行ラ行の正しい発音を知っていて、それを応用できたが、サ行の場合、正しい発音方法を私は知らないのだった。
結局、治療教室に通ったり、本を読んで地道な発音練習をくりかえした。その際、セルフコントロールの手法が役立ったが、ある程度直るまで、2、3年は気にしていた。
しかし、その過程で私は発音発声の訓練方法を学び、くり返し練習することができた。その結果、苦手だった朗読も自信をもってできるようになった。
言いにくい音はそれぞれ違うが、私のような構音障害は、案外珍しくない。かつて教えた生徒にも何人かいた。今後そうした生徒に会ったとき、もし本人が望むならば、直す手伝いが今の自分ならできると思う。
1994年4月