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執筆者の写真教育エジソン

あこがれの美瑛にて


 K高校に赴任して2年生から持った担任学年が、持ち上がりで最終学年の4年となり、六月に修学旅行へ出かけた。北海道へ、2泊3日の旅。

 2クラス在籍30名のうち、3加者は12名(男八、女4)。もう少し多くてもいいとは思うが、全員3加が望めない定時制では、これだけでも、まずまずの人数と言える。12名の生徒に、引率は担任2人と校長。こぢんまりとしたグループ旅行の風情である。

 旭川空港からはいって、美瑛、旭川、札幌、小樽と回り、新千歳空港から帰京する。宿泊地は、旭川と小樽である。

 前任校での修学旅行のほか、個人の旅行でも北海道は何度も訪れたが、美しいと評判の美瑛の風景は、まだ目のあたりにしたことがない。実は、作曲家の中村由利子さん(参照)が、今回本棚に紹介したCD‐ROM写真集のBGMをはじめ、美瑛をテーマにした曲をたくさん書いている。コンサートでも、「私の好きな美瑛の風景をイメージして作った曲です」などと紹介される。それらの美しい旋律に身を委ねながら、まだ見ぬ美瑛への憧れは、いやましに募らざるを得ない。

 旭川空港に降り立つと、雨の予報に反して雲間から青空が見え、陽光は明るかった。深山峠で昼食をとり、貸切バスで美瑛へと向かう。美瑛でのサイクリングが第1日目のメインイベントである。現地スタッフのガイドで、全員レンタサイクルにまたがり、出発した。

 先導のスタッフといっしょにぐんぐん先へ行く生徒もいれば、のんびりと走る生徒もいて、しんがりに校長ともう1人の担任(50代の女性)がつく。私は中ほどを走る。市街を抜けて橋を渡り、林を左右に見ながら舗装道路を走っていく。やがて、ゆるやかな登りくだりを過ぎると、一気に展望が開けた。

 はるか彼方までつづく緑の丘。それがみごとなまでに美しいカーブを描き、ときたまアクセントのように、遠くに木が1本立っていたりする。大半はジャガイモ畑だと言うが、「パッチワークの丘」とも称されるとおり、くっきりと区分けされた形で緑の濃さが違い、きれいに耕された土のところもある。人が鍬を入れ、自然の地形と折り合ってきた末に生まれた、整然たる景観。私はしばしば自転車を停めて、シャッターを切り、あるいはつかのま我を忘れて眺め入った。空が無限に広い。入道雲が刻々と表情を変えていく。

 そうこうするうちに、生徒たちはどんどん先へ行ってしまう。それを挽回すべく全速力で先頭集団に追いつき、追い越し、彼らの走る姿も撮る。私のカメラの、それが本来の仕事である。しかし、停まっては追いつくそんなことをくり返していると、生徒に笑われてしまう。「先生、生徒みたい」と。

 実際、私ははしゃいでいた。自転車の楽しみは、風を感じること。すがすがしい風に全身で触れながら走っていくと、ため息の出るような景色が次々と展開していく。それは、似たような要素の組合せでありながら、無限の変化に富んでいる。自然は、2つと同じ姿を作らない。だから、魅力は尽きないのだ。

 約1時間、10キロ余走って、折り返し点にたどり着いた。休憩所で小1時間の休憩とする。生徒たちは、ソフトクリームをなめたり、買い物をしたりして、思い思いにくつろぐ。

 休憩所の向かいには、前田真三氏のギャラリー“拓真館”があった。ソフトクリームをなめ終えた女生徒たちを連れて見学に入る。四季折々、さまざまな彩りに変化する美瑛の風景をみごとに捉えた1枚1枚。CD‐ROMで見て憧れていた写真の現物が、色鮮やかに並んでいた。生徒たちは感嘆の声を上げ、あるいはことばを失って見入る。私はなぜか、得意げな気分になる。中2階へ上がると、懐かしいピアノの旋律がふいに私を包んだ。至福を感じ、恍惚と立ち尽す。流れていたのは、言うまでもない、中村由利子の曲であった。

 修学旅行と言えば、教師はへとへとに消耗し、寿命も縮むのが常なのだろう。しかし、今回は何の懸念も事故もなく、生徒といっしょになって実に楽しく過ごした3日間であった。何だか、申しわけない気がしないでもない。

2000.7.

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